黄華堂☆星空ブログ

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その時”光”の歴史が動いた Vol.02
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    1915年にアインシュタインが一般相対性理論を発見したことを始め、光の科学史において様々な発見・発明の記念年ということから、2015年を光と光技術の国際年「国際光年」とすることが国際連合総会で宣言されました。そこで特集として、光が科学においてどう考えられてきたかをその主要な発見・発明とともに振り返ります。

    前回は、古代ギリシャの哲学者アリストテレスが、
    「色は色は太陽なしでは見ることはできない、
     色の違いは白(光)と黒(闇)との混合によって生じる」

    と考えていた、と紹介しました。この説明は、あながち間違っているわけではありません。私たちは、目に光が入ることで視細胞が光を受け取り、その信号が脳に伝わり物が見えたと認識します。それは太陽の光でも蛍光灯の光でも構わないわけですが、それらの光がモノに当たって反射し、その反射光を私たちは見ているわけです。

    そして、いわゆる白色光には虹の七色…つまり、

    各色の光が混ざっています。そのうちのどの色の光を吸収しどの色の光を反射するかで、そのモノが何色に見えるかが決まるわけです(恒星など自ら光を発するものは異なります)。熟したトマトが赤いのは、トマトが青や緑の光を吸収し、赤い光だけを反射しているからです。




    太陽光などの白色光は虹の七色が混ざったものだ、ということはアリストテレスも言及していますが、これを実験的に確かめたのはイギリスの科学者ニュートン(1643−1727)です。彼は1664年から1665年にかけて、性能のよい凸レンズを作るため、プリズムに光を当てる実験を行いました。

    ペストの大流行によって大学が閉鎖されてしまったため彼は実家に戻って実験をしたそうですが、彼は窓の扉に小さな穴をあけて真っ暗な部屋に太陽光を取り入れプリズムに当てました。すると白色だった太陽光が七色に分かれたわけです。

    分光学誕生の瞬間です。
    ニュートンはさらに、七色に分かれた光をレンズで集め再びプリズムに通し、白色光に戻ることを確かめました。こうしてニュートンは、太陽の白色光はすべての色の光が混ざったもので、色によって屈折する確度が異なることを明らかにしたのです。


    プリズム

    続く

    参考文献
    ・キャノンサイエンスラボ・キッズ「光の科学者たち」
     http://web.canon.jp/technology/kids/history/index.html
    ・見えない宇宙を観る −天体の素顔に迫るサイエンス−
     Lars Lindberg Christensen、Robert Fosbury、Robert Hurt 著 岡村定矩 訳

    by Tsukada

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